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VOL.5 2001.05.06
勝海舟
「いつ松を植えたか、杉を植えたか、目立たないように百年の大計を立てるのが必要さ」
勝海舟 (1823-1899) 文政6年、江戸本所生まれ。勝安芳。江戸末期の幕臣、明治政府参議、海軍卿、伯爵。日本最後の武士にして海軍の創設者。9歳、野犬に股間を噛みつかれ生死をさまよう。父、小吉は神社(能勢妙見山東京別院)に水垢離をとり、他の誰にも手を触れさせず、70日間裸で息子を抱きしめ続けた。咸臨丸で渡米の際、実力本位の人事組織を模索。西郷との江戸開城談判で江戸市民を戦災から守る。日本の茶どころ、静岡茶の発案者。
「政治家の秘訣は、何もない。ただただ『正心誠意』の四字ばかりだ」 「一番感心するのは北条氏の政治だ。元寇が3年続いても、軍事公債は募らず、総理大臣自ら奔走することはなく、九州の探題に防禦させておいて、しゃくしゃくとして余裕があるのだからのう」 「天下に人物がいるかいないかぐらいの事は、居ながらにして知れるようでなくては、とても天下の大事に任ずることは出来ない」 「この日本は、全体だれが背負うかというに、まず国会だろう」 「行政学を一冊読んで天下の機関がうまく回転すれば、世の中は楽なものだ」
「日本のただいま不景気なのも、別に怪しむことはないのだ。とにかく、経済のことは経済学者には分からない。それは理屈一方から見るゆえだ。世の中はそう理屈どおりにいくものではない。人気というものがあって、何事も勢いだからね」 「学者の学問は、容易だけれども、俺らがやる無学の学問は実に難しい」
「世間の事は気合とか呼吸というものが大切だが、これは書物や口先だけじゃ分からない。活き学問という事が必要だ。実地について、人情や世態をよくよく観察し、その事情に精通しなければ駄目だ」
「世間は生きている。理屈は死んでいる」
「維新の際、旧旗本の人々を静岡に移したのは、凡そ8万人もあったが、3、4日たつと沢庵漬はなくなり、4、5日たつとちり紙がなくなり、俺も実に狼狽したよ」 「天下は、大活物だ。世間の風霜に打たれ、人生の酸味をなめ、世態の妙を穿ち、人情の微を究めて、しかるのち、共に経世の要務を談ずることが出来るのだ」 「天下の大勢を達観し、事局の大体を明察して、万事その機先を制するのが政治の本体だ。これがすなわち経綸というものだ」 「行政改革という事は、よく気をつけないと弱い者いじめになるよ」 「地方自治等という事は珍しい名目のようだけれど、徳川の地方政策は、名主といい、五人組といい、自身番といい、火の番といい実に自治の実をあげたものだよ」
神酒料を届けに来た野戦砲の鋳物師に 「この500両の分だけ圧銅の量を増やしな。それだけ良い大砲を作って、立派な仕事をしてみろ。請負ったこの俺の名前の汚れになるような事は、よしにしてくれ」 幾度かの謹慎生活に際し
「午前は漢籍、午後はオランダ語の書物、夜は和書」
「一切の思慮を捨ててしまって妄想や邪念が、霊智をくもらす事のないようにしておく。即ちいわゆる明鏡止水のように、心を磨ぎ澄ましておく」 「なにごとも根気が本だ。人間は生きものだから、『気』を養うのが第一だ」 「綽々たる余裕を存して、物事に執着せず拘泥せず、円転滑脱の妙境に入りさえすれば、運動も食物もあったものではないのさ」 「もし成功しなければ成功する処まで働き続けて決して間断があってはいけない」 「一家不和を生ずれば一家滅亡す。一国不和を生ずれば其国滅亡すべし」
「大政奉還。300年来の根底があるからといったところで、時勢が許さなかったらどうなるものか。この精神は実に犯すことの出来ない武士道からでたのである」 「至らぬ自分がこの仕事を任されるに当たり、もし100万の精霊を救う事が出来なければ、迷うことなく、先ずこの自分の生命を絶つ、と断然決意している」 「どうしても西郷は大きい。その度胸の大きいには、俺もほとほと感心したよ。あんな人物に出会うと、たいていな者が知らずしらずその人に使われてしまうものだ。小刀細工や、口先の小理屈では、世の中はどうしても承知しない」
「成すなかれ、天意に違うことを」 「人物になるとならないのとは、ひっきょう自己の修養いかんにあるのだ」
「かへすがえすも後進の書生に望むのは、奮ってその身を世間の風浪に投じて、浮かぶか沈むか、生きるか死ぬかのところまで泳いで見ることだ。この試験に落第するやうなものは、到底仕方がないサ」
「青柳」のおかみや禅と剣、根気、人物評価、勉強法など、ここでご紹介しきれない彼の魅力的な逸話をまとめた「氷川清話」はお薦めの一品です。
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