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ポンペイ
ローマのネロ皇帝はミトラ教。
ポンペイ
「ポンペイはエトルリア領土だった。前6世紀、最大版図、北部ポー平原と南部カンパニア地方に12都市連合。ケルト人との交易盛ん。前575年、タルクイニウス・プリスクス王、ローマ市建設。前550年、フェニキア・エトルリア、対ギリシア同盟締結。ペルシアではキュロス王のアケメネス朝が興り、ギリシアの植民地が多かったイオニア海全体がペルシアの勢力圏に入った。古代フェニキアの強力な海の砦も、海に囲まれたテュロスを除いて、カンビュセス王配下のペルシアの支配下に入った。
エトルリア人がイタリアの大地、なかんずくトスカナ地方に下ろした根は深く、丸天井、アーチ、丸屋根などの建築や芸術から始まって、宗教に至るまで、物質的な分野でも、精神と霊魂の分野でも多くの刺激を与え、イタリアの地に広がっていった。エトルリアからヨーロッパ全域に導入された結婚式の習慣に、黄金の指輪と、花嫁が被るベールがある。エトルリアの子孫たちは、先祖のパイオニア精神と才能を守り続け、数世代を経て、ローマでもビザンチウムでもなく、まさにトスカナ地方の諸都市で偉大なルネサンスが起こった」
ヴェルナー・ケラー
「前8世紀、エトルリア人は小アジアのリディアからこの地にやってきた」 ヘロドトス
「ローマという国を精神的に築き上げ、ローマの世界像を形成する上で果たしたエトルリア宗教の意義とその全イタリアに及ぼした影響は中世にまで及ぶ。タルクイニアがエトルリア人の精神生活の中心的な役割を果たし、精神的な諸力の出発点としてイタリアの発展、そしてヨーロッパの発展に決定的な影響を与えたのは確実だ」 フォン・クレス・レーデン
「ポンペイは、その時代の文明の縮図であった。その城壁内の狭い範囲内には、栄華が与え得るあらゆる贈物の標本があった。その精細な、輝く商店、小さい宮殿、浴場、市場、または劇場や曲芸場に ― その市民の活動、むしろその腐敗に、精美、むしろその悪徳に全ローマ帝国のモデルが見られた。それは神が地上の偉大な帝国の表象を残して置くのを、喜んでなされた、玩具であり、遊び道具であり、また陳列箱であった。そして、神はやがてそれを、子孫を驚かすために、時から隠された。 ― それは、この世には新しい物はなにもない、という教訓である」 エドワード・ジョージ・ブルワー・リットン
「後世にこれほどの喜びを与えてくれる悲劇はない」 ゲーテ
「赤い火をふくあの山へ 登ろう登ろう そこは地獄の釜の中 覗こう覗こう
登山電車が出来たので 誰でも登れる 流れる煙は招くよ みんなをみんなを
ゆこうゆこう火の山へ ゆこうゆこう山の上 フニクリ・フニクラ・・・・
暗い夜空にあかあかと 見えるよ見えるよ あれは火の山ヴェスヴィアス」
ルイージ・デンツァ
「私があなたと一緒に踊ったことを覚えていて」 (邸宅入り口)
「あの人との別れを一瞬でも考えたならば、キューピッドよ、どうかこの命を奪ってくれ」
「冷たい水を少しくれ。こっちだよ、いやいや俺のだ。欲しい人が取りなさいよ、他の人にあげちゃうわよ」 「とことん飲むぞ」 「スワビスの頭にあるのは酒のことだけ」
「オリーブオイル 5アス。玉ねぎ 5アス。なべ 1アス。ワイン 2アス」
「俺の勝ちだ!3じゃなくて2だろ」 (400軒を超す店)
「カイウス・ユリウス・ポリビウスはパン作りの名人です」 (市長選挙ポスター)
「優雅な浴室や住居つき店舗、貸出は8月1日から」
「ふとっちょのサルビラ、誰が彼女を愛せよう」 (洗濯屋の壁)
「お前は8回破産した。16回破産しても可笑しくなかったのに」
「飲食店の主人、農夫、本屋、壺売り、ガラクタ売り、すべてやった。挙句に今度は壁作りのヘボ職人か」 (自戒の落書)
「明日は確かならざれば、人生とはこれ一篇の戯曲、享楽は最高の財、快楽は最高の宝、楽しめよ、生ある限り」 コルティ
「色目を使わないこと、他人の妻にちょっかいを出さないこと」
「お前の膿みだらけの腐った傷口が再び開いて、前にもまして爛れんことを」
「お前に災いあれ、お前に死を」 ポンペイの落書き アントニオ・ヴァローネ
「地方出身の者でも、功績を上げればローマに移住させ、登用する」
4代皇帝クラウディウス
皇帝 元老院 騎士 市民。まず市長。有権者接待・宴会過熱。
パンとサーカス・加熱、パン全市民無料。働く者、遊ぶ者、奴隷から身を起こす者、医療等の格差広がる。床に食べ残しの絵。貞節な恋人たちの家。ヴェルギリウス
「繁栄の絶頂期。闘技場の外でも乱闘、殺し合い。皇帝ネロが10年の禁。ポッパエアが数年で解禁。市民大喜び」 タキトゥス
西暦79年8月24日、快晴の朝、午後1時、ヴェスヴィオ火山噴火、夜7時半地震。翌25日朝、多くの市民が自宅に貴重品を取りに戻る。午前6〜7時、再噴火、火山ガス、火山灰、火砕流。 |